あなたは「グリム童話が実は残酷で恐ろしい」という噂を見聞きしたことがあるだろうか。ディズニーアニメや絵本では平和に描かれている童話たちが、実は残酷な描写や性的でドロドロとしたシーンにまみれている、というものだ。結論から言うと、これは一部事実で一部誤りといったところ。確かにグリム童話は古い言い伝えの編纂物であることから、現代の感覚では残酷と思える描写は確かにある。しかし、「性的でドロドロとしたシーン」という部分は誤りである。これは1998年に出版された『本当は恐ろしいグリム童話』1というグリム童話の二次創作が大ヒットした影響で植え付けられたイメージで、こうした印象は日本独自のものといえるだろう。
日本で誤った認識を植え付ける結果となってしまった『本当は恐ろしいグリム童話』だが、本書が出版される35年前、グリム童話の本家本元であるドイツでも、「『ヘンゼルとグレーテル』には残酷な真実が隠されている」という本が出版され、大混乱を巻き起こしたことはご存じだろうか。本コラムでは、1963年ドイツで出版され物議をかもした書籍『ヘンゼルとグレーテルの真相』をご紹介しよう。
『ヘンゼルとグレーテル』あらすじ
早速本題に、といきたいところだが、「そもそも『ヘンゼルとグレーテル』ってどんな話だったっけ」という人も多いのではないだろうか。そこで、まずは『ヘンゼルとグレーテル』の簡単なあらすじを記そう。なお、今回のコラムにあまり関係がない描写は省略している。
第一章
あるところに木こりの夫婦がいた。夫婦の間にはヘンゼルという男の子と、グレーテルという女の子がおり、彼ら4人は貧しく暮らしていたが、国内で発生した大飢饉で食べるのにも困るような状況に陥ってしまった。
このままでは一家全員が飢え死にしてしまう。そう考えた母親はある日の夜、子供たちを森の中に置き去りにすることを父親に提案。渋る父親を押し切り、翌日実行することを決断する。
この会話を偶然聞いてしまったヘンゼルは、両親が寝静まったことを見計らい、白い小石をポケット一杯に隠しいれる。
翌日朝早くから森に連れ出されるヘンゼルとグレーテルだったが、ヘンゼルは道すがら小石を地面に落としていく。そして計画通り二人は森に置き去りにされてしまったのだが、月の光に照らされた小石を頼りに帰宅に成功する。
母親は、明日は森のより深くに連れ込んで、帰れないようにすることを計画する。一方でヘンゼルは同じように小石を拾おうとするが、ドアが施錠されてしまっていたために失敗してしまう。
翌朝再び森に連れ出されるヘンゼルとグレーテル。小石は持っていないヘンゼルだが、食料として渡されたパンを地面に落とすことで目印を残そうとする。
またも置き去りにされてしまった後、目印のパンをたどろうとしたが、鳥たちが食べてしまっており、帰れなくなってしまった。
第二章
森で遭難して3日後、白いきれいな鳥に導かれ、レープクーヘン2の壁、お菓子の屋根、透き通った砂糖の窓でできた家を見つける。
二人が家のお菓子を食べていると、中から年を取ったおばあさんが出てくる。二人を家に連れ込み優しく振舞う彼女だったが、その正体は二人を殺して食べてしまおうと考える悪い魔女であった。
翌朝、魔女は眠っているヘンゼルを小さな小屋に連れ込み監禁し、グレーテルを脅してこき使うようになる。
まずはヘンゼルを食べてしまおうと考えた魔女は、グレーテルにかまどの中へ入って火加減を見るように命じる。グレーテルは「やり方がわからない」と騙り、お手本を見せるようにかまどの中に首を突っ込んだ魔女の背中を突き飛ばし、そのまま魔女を焼き殺してしまう。
グレーテルはヘンゼルを助け出し、宝石などを手にして帰路に就く。カモの手助けによって川渡りをして森の中を進んでいくと、見覚えのある道へとたどり着く。
ついに我が家を見つけたヘンゼルとグレーテルが中に入ると、父親が待ち構えていた。いつの間にか母親は死んでおり、魔女の家から持ち帰った宝石で親子三人は仲良く過ごすことができたという。
1963年、ドイツでの騒動
以上が『ヘンゼルとグレーテル』の簡単なあらすじである。この童話の魅力は、なんといってもお菓子でできた家だろう。飢饉による子捨てや、魔女によるカニバリズムといった残酷でリアリティのある描写の中で、ファンタジーさが際立っている。こうしたギャップのためか、「『ヘンゼルとグレーテル』の詳細は知らないが、お菓子の家が出てくることは知っている」という人は多いように思う。
さて、この『ヘンゼルとグレーテル』だが、折しもヤーコプ・グリム3の没後100年目となる1963年に、とんでもない本が出版される。ユーモア作家、ハンス・トラクスラーが著した『ヘンゼルとグレーテルの真相』という本である。
この本では、アマチュア考古学者のゲオルク・オセックという人物がシュペッサートの森4にて、『ヘンゼルとグレーテル』の「魔女の家」を発掘し、さらにはこの童話に隠された歴史を解き明かしたと記されている。
なんと、ヘンゼルとグレーテルは17世紀半ばに実在した人物がモデルで、物語の元となる出来事が起こった当時、成人していたというのだ。彼らは、才能ある菓子職人である「魔女」が隠し持つレープクーヘンのレシピを得るために、彼女を殺害したのだという。
この本には、問題のレシピの複製や「魔女の家」の考古学的証拠写真、さらには化学分析の様子までもが掲載されていた。
出版後、ドイツでは東でも西でも5大騒動となった。1963年11月、西ドイツではタブロイド紙「アーベント新聞」が、東ドイツでは国営紙「ベルリナー新聞」が本書を取り上げ、瞬く間に全国ニュースとしてドイツ国内に広まった。
出版社には問い合わせが殺到。当然発掘者であるオセックにも、文化事務所から公演依頼が舞い込むなどの呼びかけがあった。しかし、彼がそれらに応じることはなかった。――ゲオルク・オセッグなどという男は存在しなかったからだ。すべては、トラクスラーの創造の産物だったのだ。
トラクスラーによるいたずら
本書の著者、ハンス・トラクスラーは皮肉屋で知られ、反権威主義的な雑誌「パルドン」にて文章やイラストのパロディーで世の中を風刺することを得意としていた。
1963年の初頭、C・W・ツェーラムの『神々、墓、学者』6を読み、考古学のロマンに影響を受けた彼は、このネタでパロディーを作ってやることを決意。ちょうどその年はヤーコプ・グリムの没後100周年であることから、最も有名なグリム童話の一話『ヘンゼルとグレーテル』を「発掘」しようと考える。
最初の原稿は数週間で出来上がり、その後ディティールを詰めるため、ジャンヌ・ダルクの裁判記録や、低地バイエルン地方の魔女裁判の記録などを参照。さらにはカッセルにあるグリム兄弟の博物館に赴き、館長であるデーネッケ博士にもお世話になりながら7、たくさんの資料を閲覧したという。
もちろんパロディーであることの匂わせも忘れてはいない。注釈・参照先は架空のものだらけだし、「発掘」した秘密のレープクーヘンのレシピはドクターオツカー8の料理本から拝借したものだ。「証拠写真」には息子や娘のおもちゃを使用したりもしている。トラクスラー自身が扮したオセックも、コロンボ刑事風の古いコート、皮の帽子、ニッケルの眼鏡、ちょび髭といったコミカルな姿で写真に写っている。
こうして約6週間にわたって作られたパロディー本だが、ドイツ国内ではあたかも「真実」のように許容されてしまった。どういうわけなのだろうか。次の章からは、本書の内容をかいつまんで紹介していこう。
ゲオルク・オセック
まずは本書の「探偵役」となるゲオルク・オセックの設定から。彼は1919年5月21日にプラハで生まれた。11歳の誕生日に祖父母からのプレゼントでグリム童話に興味を持ち、なんとその歳にして童話『おいしいおかゆ』9の再現検証を行ったという。ボヤ騒ぎを起こしただけで終わったわけだが、少年時代から知的探求心に溢れている様子がうかがえる。
そして1932年、オセックは中等教育機関のギムナジウムにて考古学者シュリーマン10の伝記と出会い、考古学に魅了されることになる。
その後教員となったオセックは、1945年1月に戦火を逃れるためバイエルン州アシャッフェンブルク周辺に生徒たちと疎開する。疎開先でお世話になっている農夫と会話したところ、なんとこの土地にあるシュペッサート森を彼らは代々「魔女の森」と呼んでおり、森の奥には「魔女の家」があるというのだ。おまけに、農夫の祖父は実際に「魔女の家」を見たことがあるという。
幼き頃のグリム童話への興味と考古学への憧れ。彼は「魔女の家」の発掘を夢見るが、当時はその直後に終戦となってしまったため、街に帰ることとなった。
転機が訪れたのは1962年の初めである。オセックはアシャッフェンブルクにあるギムナジウムへの転勤が決まったのだ。こうして彼は、かねてからの夢であった「魔女の家」の発掘に挑むようになる。
木こりの家跡地を発見
1962年5月10日、オセックがシュペッサートの森深くに立ち寄った際、既視感のある道を発見する。なんとその道は、グリム童話初版所刷本に描かれていた挿絵と不思議なほど一致しているのだ。この本はグリム兄弟が存命していた時期に出版されていることから、まさにこの道をモデルに、『ヘンゼルとグレーテル』の1シーンは作られたのだと彼は考えた。
翌日、この道を頼りにオセックは東に向かい、住居の跡地とみられる個所を発見する。そこにはフランクフルトとヴュルツブルクを結ぶ高速道路が敷かれていた。
この地に住居があった証拠は裁判記録に残されていた。ゲオルク・シャイトハウアーという人物が連邦高速道路管理局に対して訴訟を起こし敗訴、住居と土地を売却したというのだ。おそらくこのゲオルク氏こそ、『ヘンゼルとグレーテル』に出てくる木こりの家の最終所有者なのだろう。
ついにオセックは物語のスタート地点を発見した。次は二人が置き去りにされた地点を探すべきだろう。手掛かりは「白い小石」である。
驚きの事実と疑惑
オセックは近所に住んでいる8歳くらいの子供に協力を依頼し、木こりの家の跡地に連れてきた。そして彼に硬貨くらいの大きさの小石をズボンのポケット一杯になるまで持たせ、小石を見失わないような間隔で落としながら西の方角11に歩かせるという実験を行った。結果は失敗。物語のように焚火を炊けるような広場を見つけることができなかった。
しかし、試しにオセック自身が同じ方法で歩いてみたところ、不思議なことにそれらしい広場が見つかったのである。彼の魔法によるものだろうか? 単純な物理の問題である。子供の背だと小石を見失うまでの距離は短い。一方成人したオセックの身長ならば、その距離は長くなる。要は実験に協力した子供がたどり着いた地点よりも、さらに西側に歩けば該当の土地があったというだけの話である。
だけの話なのだが、問題は本編のある一点が否定されることになる。ヘンゼルが子供だとこの物語は成り立たないことが証明されてしまったのだ。つまり、当時ヘンゼルは成人していた、ということになる。
その後、1か月にわたる地道な調査12により6月10日に魔女の家の跡地とみられる遺跡を発見。5日間の発掘調査の結果、かまどの跡地にて、遺骨が見つかったのである!
そして、家の壁を発掘している最中、小さな長四角形の箱を発見する。その箱の中にはレープクーヘンの欠片とケーキ用の道具、手書きのレシピが入っていた。
一方、ヘンゼルが監禁させられたという小屋は、不思議なことに痕跡が見当たらない。また、玄関には無理やり破壊されたとみられる蝶番が発見された。
ヘンゼルは子供ではなかったし監禁もされていなかった。かまどには死体が放り込まれていた。壁の中に隠された箱があった。そして、玄関のカギは無理やり破壊させられていた―― どうも、きな臭い様子が漂ってきている。
犯罪の痕跡
その後、オセックは遺骨についてライデン大学人類学研究所のアルベルト・フェアモイレン教授に詳細調査を依頼する。調査結果は驚くべきものであった。なんと、遺骨の主は没時年齢が推定30歳前後の女性であり、さらに死因は焼死ではないという。
ここでも本編の描写と食い違いが生じているわけだ。もはやきな臭いどころではない。オセックははっきりと犯罪の痕跡を指摘する。これらが事実であるならば、ヘンゼルはグレーテルと共謀して妙齢の魔女の家に押し入り彼女を殺し、かまどで隠蔽を図ったのだ!
では、なぜ彼らは魔女を殺したのか。本編にある通り宝石の類を探していたのだろうか? そうではないだろう。壁の中に隠された箱、その中にあった手書きのレシピこそ、彼らが求めていたものに違いない。
「魔女」カタリーナ・シュラーデリン
オセックの推理が正しければ「魔女」は完全な被害者のように見える。彼女はどういった人物だったのだろうか。
オセックは再び本編の描写を参考にする。魔女のセリフは、ドイツ中部ヴェルニゲローデ特有のものだ。また、「魔女」と呼ばれているからには、魔女裁判などが行われたのではないだろうか。そう考えたオセックは1962年9月、ヴェルニゲローデの市公文書館に赴き、「カタリーナ・シュラーデリン」という女性の裁判記録を発見する。そして現地にて、彼女の生涯が判明したのである。
カタリーナ・シュラーデリンは1618年、ヴェルニゲローテにて誕生し、16歳のころから4年間、クヴェトリンブルクにある僧院の厨房で働いていたという。
その後南ドイツ各地を渡り歩き、彼女自慢のレープクーヘンを販売していたのだが、ある日ニュルンベルクにて店を出していたところ、公爵家お抱えのパン職人ハンス・メツラーに見初められ、求婚される。しかし彼の目的は彼女自身ではなくレープクーヘンのレシピであることを見抜いた彼女は、申し出を拒絶した。
その後もしつこく彼女に付きまとうハンスに嫌気がさし、1647年初頭にカタリーナは彼から逃げるようにシュペッサートの一軒家に移り住むことになる。
だが1647年7月15日、カタリーナは魔女裁判にかけられることになる。密告者はハンス・メツラー。その動機は彼女の所有物であるレシピを密告者特権で確保することだろう。
辛くもこの裁判では無罪を勝ち取った彼女であったが…… その末路は、オセックが推理した通りだ。彼女は哀れにも殺されてしまった。だが、そのレシピは遺されていた。彼女の誇りは守られたのだ。それだけは救いなのかもしれない。
さて、この事件をグリム兄弟が「改作」した背景だが、ヤーコプ3からヴィルヘルム13にあてた手紙(もちろん偽作14)によると、もとの物語はあまりにも残酷なので、魔女を年老いた女にして、猫やカラスを付け加えれば、意味のある教訓に満ちた効果が生まれるのでは、と書かれているという。オセックは訓育的な動機により改変したのではと推測している。
いたずらの告白とその後
以上が、1963年に出版された『ヘンゼルとグレーテルの真相』のかいつまんだ紹介である。本書は邦訳版も刊行されているので、興味がある方はぜひ読んでほしいところだ。明かされる真実が劇的で面白いのはもちろんだが、本コラムでは完全に省いた魔女裁判の様子などは非常に凝っていて読みごたえがある15。
ただ、ここまで読んだ方なら大騒動が巻き起こった理由はよくわかるだろう。ちりばめられたパロディーの要素がかすむほどにストーリーが面白く、そしてリアリティがありすぎたのだ。正直、私自身本作がパロディーであるという事前情報がないまま読んでいたら、てっきり本当なのではと信じてしまいそうだった。
結局、1964年の3月にテレビでパロディーであると種明かしがされたものの、出版社には真相を問いただす手紙が何千通も届いた。回答のために3人の追加人員が投入されるほどだった。憤慨した一人の読者が、トラクスラーを詐欺罪で告発する事態にまで発展したという16。
『ヘンゼルとグレーテルの真相』は、長年にわたり何度も再販され、1987年には映画化も実現した17。トラクスラーのもとには、現在に至っても問い合わせが来ているようだ。本作は、現代では当時の知的流行を模倣した作品として高く評価される一方で、この物語を真実としてとらえてしまう人がいまだに生み出されてもいる。また、本作に触発され、似たような手法で町おこしを行う自治体18も出てきているという。
以上が、明確なパロディーだったはずが、面白すぎたがゆえに事実として受容されてしまった『ヘンゼルとグレーテルの真相』の物語である。いかがだっただろうか、個人的にはやはり日本での『本当は恐ろしいグリム童話』の影響と比べた時、両者ともに「面白すぎた」ことが受容の原因となってしまったところが興味深いと思う。また、二次創作文芸であるがゆえに『本当は恐ろしい~』は元の文芸イメージを汚したと批判にさらされることが多い一方、『~の真相』は考古学研究のパロディーであるがゆえに知的であると評価されていることが多い。表現手法の違いによって後の評価が異なる点にも面白さを感じる。
面白さ、わかりやすさは時に真実を凌駕してしまう。特に「隠された真実」や「謎を解き明かす発見」などを知ったとき、多くの人は知的興奮を覚える。だからこそ一歩引いて、疑う目を持つことが大切なのだろう。そして騙されたと気づいたとき、その巧妙さをあえて楽しむという余裕も持ちたいものだ。
本コラムの締めとして、印象的だった本書の評を引用する。
これまでに学問への盲目的な信頼を、これほど面白く、かつ洗練されたしかたで虚仮にしたものがあっただろうか。
シュトゥッガルト・ニュース、1964年4月4日
参考文献
- ハンス・トラクスラー ‘本当にあった?グリム童話「お菓子の家」発掘―メルヒェン考古学「ヘンゼルとグレーテルの真相」‘ 現代書館 2012 訳:矢羽々崇, たかおまゆみ
- Spiegel-Verlag ‘Mit falschem Bart’ Der Spiegel 1964 no.28 https://www.spiegel.de/politik/mit-falschem-bart-a-ecb94d56-0002-0001-0000-000046174168
- Jordan Todorov ‘How a Literary Prank Convinced Germany That ‘Hansel and Gretel’ Was Real’ Gastro Obscura https://www.atlasobscura.com/articles/is-hansel-and-gretel-real 参照日: 2025-12-31
- ヤーコプ・グリム and ヴィルヘルム・グリム ‘ヘンゼルとグレーテル’ 青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/card42315.html 訳:楠山正雄 | 参照日: 2026-01-13
- 黒須亀 ‘「グリム童話は本当は怖い」は真実であり誤解!知られざる裏側を解説’ 昔ばなし筆録 https://www.mukashi.info/blog/the_truth_about_grimm-fairy-tales 参照日: 2026-01-30
- Wikipedia ‘The Truth About Hansel and Gretel’ https://en.wikipedia.org/wiki/The_Truth_About_Hansel_and_Gretel 参照日: 2025-12-31
注釈
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桐生操『本当は恐ろしいグリム童話』(KKベストセラーズ、1998年)。シリーズ累計250万部を突破し、「グリム童話=ドロドロで残酷」という日本独自のイメージを決定づけた ↩
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ドイツの伝統的な焼き菓子。ハチミツ、ナッツ、スパイスをふんだんに使ったクッキー ↩
-
バイエルン州とヘッセン州の間に位置する実在する森 ↩
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当時、ドイツは資本主義の西ドイツと社会主義の東ドイツに分かれていた ↩
-
考古学の発見と歴史を“ロマンと学問”で描き出した世界的ベストセラーの考古学啓蒙書 ↩
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デーネッケ博士は意図を知らされていなかったため、本書について当初好意的に答えていたが、最終的にはボロクソに非難することになる。トラクストラーとはのちに和解 ↩
-
ドイツの大手食品企業 ↩
-
不思議な老婆からもらった魔法の鍋から出てくるおかゆが溢れかえり、町中がおかゆまみれになる童話 ↩
-
ドイツの考古学者。ギリシャ神話に登場する伝説の都市トロイアの遺跡を発掘したと主張したことで有名 ↩
-
『ヘンゼルとグレーテル』内部の描写からオセックが推理した方角 ↩
-
本編で描写されている帰路の川や、挿絵の様子を参考にしたという ↩
-
グリム童話の編者のもう一人 ↩
-
長くなってしまったので念のために補足すると、紹介している本作はパロディー本である ↩
-
トラクスラーとしても会心の出来だったらしいので、あえて紹介しなかった ↩
-
幸い告訴はされなかった ↩
-
トラクスラーからの評価はだいぶ悪い ↩
-
「白雪姫の街」ロール・アム・マイン。この街の観光戦略は機会があったら別のコラムにまとめようと思う ↩