北極圏での南国トロピカルフルーツづくり――アイスランドのバナナ生産

南国のトロピカルフルーツ、バナナ。あなたはこの果物を生産している国の中で、最も北側に位置している国はどこかご存じだろうか。広大な中国やアメリカだろうか? あるいはスペイン、イタリアといった、ヨーロッパの比較的温暖な国? 実は、縦に長い日本だったり? 残念ながらどれも不正解である。正解は、北極圏の国アイスランド。名前からして非常に寒そうで、実際非常に寒冷な国だが、実はかの国では半世紀以上もの間バナナを生産し続けており、過去には国内流通までしていた歴史があるという。いったいどのようにしてこの土地でトロピカルフルーツ生産を実現しているのだろうか? 本コラムでは、凍える大地アイスランドで行われる、”地の利”を活かしたバナナ生産についてをご紹介しよう。


火と氷の国

アイスランドはその名前から、”氷”属性のイメージが非常に強いと思う。実際、国土の12パーセントを氷河が占める「氷の国」である。しかし、その地理的特性を考えると、もう一つの属性が浮かび上がってくる。それが”火”だ。アイスランドは実は火山大国であり、国内には200を超える火山があり、豊かな火山環境を利用した地熱による暖房設備が充実している。そして、アイスランドではこの「火と氷」を地熱発電、水力発電という形でエネルギーに変換し、国内の電力需要をすべて賄ってきているのである1

100パーセント自然の力で生み出されるためか、アイスランドでは電力料金が非常に安い2。そのため、精錬に多大な電力が必要となるアルミニウムの一大拠点となっており、オーストラリアからわざわざ原材料であるボーキサイトが送られてくることもあるという。現地の電力料金で精錬するよりも、地球の裏側に送る輸送と安い電力料金で精錬する方がコストが抑えられるというのだから驚きだ。

そしてアイスランドは、この豊かな地熱暖房と安い電気料金を、農業にフル活用している。それが、温室による農作物栽培だ。

アイスランドでの温室農業の歴史

アイスランドにおける地熱を利用した農業の歴史は、19世紀以前までさかのぼる。当時は”温室”といった設備は設けず、地熱で暖められた土壌を利用することで、ジャガイモや穀物といった作物の栽培期間を延ばしていたという。とはいえ、厳しい寒さから完全に逃れられるわけもなく、数か月の延長に過ぎなかったらしい。転機が訪れたのは1924年、初めて地熱を利用した温室が建設されたのだ。これにより、天候や風、寒冷の遮断が可能となり、季節が限定されていた農作物の通年栽培が可能になるというブレイクスルーを達成する。

20世紀後半になるとガラス温室、自動灌水システムといった技術躍進を果たすようになる。これによりトマト、キュウリ、レタスといった作物の種類が急増し、収穫量・品質も安定するようになった。アイスランドにおける食料システムの一部に温室農業が組み込まれるようになったのである。

現在、18.6ヘクタールという広大な面積34にまで成長した温室農業は、再生可能エネルギーを活かした持続可能事業として、アイスランドの政策・補助金・貿易制度と密接に結びついた戦略的産業へと発展している。完全な自給は難しいにしても、トマトは国内市場の約2/3、キュウリに至ってはほぼ100%国産と、特定品目に関しては高い自給率を達成しているのである。また、「地元産食品」に対する評価の高まりから、多くの消費者は多少高くても国産の農作物を購入する傾向にあるという。

少し固い話になってしまったが、以上がアイスランドでの温室農業のざっくりとした歴史である。こうした背景のもと、バナナも温室にて栽培されているというわけだ。次の章では、いつ頃バナナがアイスランドに導入され、生産にこぎつけたのかを紹介しよう。

アイスランドでのバナナ栽培

アイスランドにバナナが導入されたのは、なんと1939年のことである。この年の7月にフリン・エイリクスドッティルという女性がイギリスからバナナを持ち込んだことが、すべての始まりだった。彼女はレイキャビクにある温室園芸施設でバナナを育てはじめ、1941年には熟した最初のバナナを生み出すことに成功する。以後、バナナの試験栽培は本格化していく。

当時のアイスランドは先述した通り温室による農業のブレイクスルーを果たしたばかり。バナナ栽培にも期待が込められており、当時の教科書には「アイスランドは将来バナナ大国になるかもしれない」と書かれていたほどだ。実際、第二次世界大戦後には輸入果物の高価格化も相まり、アイスランド産のバナナが国内流通していたという。アイスランドのバナナは商業ラインに載っていた時代があったのだ。

ところが、1960年に果物の輸入関税が撤廃されると、国産バナナ市場は崩壊する。輸入バナナの圧倒的な安さに太刀打ちができなかったのだ。最初のバナナが1939年に導入され、1941年に熟したことからわかる通り、アイスランドの温室でバナナが成熟するのには1.5年~2年という歳月が必要となる。一方で中南米やアフリカといった主要なバナナ産地では、わずか数か月でバナナが完熟する。おまけに、北極圏という土地柄ゆえ、冬は極端に日照が少なく、人工照明に頼らざるを得ない。いくらアイスランドの電力量が圧倒的に安いといっても、アルミニウムと違って赤道直下の国々にアドバンテージは取れなかった。なぜならばかの国々でバナナを育てている光は太陽、つまりコストがゼロなのである。

こうして商品としてのアイスランド産バナナはたった10年ほどで幕を閉じた。現在はレイキールにあるアイスランド農業大学のオフィスにて、1942年にバナナ農家から寄贈されたものが研究用に栽培されているのみ5である。

都市伝説

さて、アイスランドでのバナナ栽培は長年にわたって研究が続けられているものの、市場への流通は失敗という形で終わっている。しかし、アイスランド国内外で、「アイスランドはヨーロッパ最大のバナナ生産国である」という奇妙なうわさがまことしやかに語られているという。

実際のところ、ヨーロッパ最大のバナナ生産国はスペインやフランスである6。ではなぜこういったうわさが広まっているかというと、イギリスBBCの番組「QI」7で取り上げた、「ヨーロッパ最大のバナナ産地がアイスランドである」というジョークが独り歩きした結果らしい。特に当事者であるはずのアイスランド国内でこのうわさが広まっているのは、半世紀前には実際に国内流通し、教科書の未来予測にも書かれていたことが原因のようだ。

ちなみに、現在も栽培を続けているアイスランド農業大学で作られたバナナは、政府資金で運営されていることから、販売は禁止されているとのこと。近年トレンドとなっているエモ消費8の観点でいうと、「二年の歳月をかけて作り上げられた北極圏のバナナ」なんて最高にウケそうな気がするだけに、少し残念に思うのは私だけだろうか。


以上が、商業的には失敗したものの、地の利を生かして今も生産を続けるアイスランドのバナナの物語である。いかがだっただろうか。個人的には、コスト競争で地球の裏側と争い、アルミニウム精錬では勝ち、バナナ生産では負けたという対比が非常に面白いなと感じた。

また、調べていて感じたのが、アイスランドにおける温室農業という形態に対して強いアイデンティティや誇りをもっていそうだということ。結びで紹介した都市伝説がアイスランド国内でも広がっている根底には、「北極圏でも農業はできる」という強いプライドがあるのかもしれない。実際、アイスランド農業大学の温室は4月にオープンデーを開催しているそうだが、その日には5000人もの来客があるのだという。

本コラムの締めとして、アイスランド農業大学の温室マネージャーが”The Reykjavík Grapevine”のインタビューで語った、温室農業に対する強い誇りを感じる印象的な一言を引用する。

ガラスの下で育てられるものなら何でも育てられる。

エリアス・オスカルソン


参考文献

注釈


  1. 水力発電が約70%、地熱発電が約30% 

  2. なんと日本の電力料金の1/3という安さである 

  3. 東京ドーム約4個分 

  4. 鑑賞植物等の栽培面積も含めた数値。野菜のみだと約9.7ヘクタール 

  5. 栽培されたバナナは年間およそ100房ほどで、すべて学内で消費されている 

  6. カナリア諸島、マルティニークといったアフリカ、中央アメリカ圏内にある海外領土での生産。生産拠点が海外圏であることから、「ヨーロッパ圏内ではアイスランドが最大の生産国だ」という主張もある 

  7. コメディクイズ番組 

  8. 商品やサービスが持つストーリー性を動機とする消費活動 

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