存在しない偉人の功績――”クロード・リットル”と単位”L”の意外な物語

物事の量を測るための基準として、単位がある。重さを測るための「グラム」、長さの「メートル」などが身近な単位だ。ところで、この単位には、さまざまなルールが存在するということはご存じだろうか? その中で、「人名に由来する単位は大文字で表記し、それ以外は小文字で表記する」というものがある。例えば先に挙げたグラムやメートルはどちらも古代ギリシャ語由来なので「g」、「m」と小文字で表記される。一方、電圧を測る「ボルト」はアレッサンドロ・ボルタ1に由来するため大文字の「V」で表記される。

それでは、体積を測るための「リットル」は何に由来するか、推測できるだろうか? 日本だと世代によって認識が変わるかもしれない。年配の方は、筆記体の小文字「ℓ」表記に馴染みがある。そのため、少なくとも人名由来ではないな、と推測する人が多いだろう。一方、現在の教科書2では、大文字の「L」で表記が統一されている。そのため、若い方は逆に人名由来なのでは、と推測する人が多いと思う。

先の問いに対する答えだが、リットルはフランス語由来の単位だ。先のルールに従うと単位表記としては小文字「l」を使うことになる。しかし、小文字の「l」は数字の「1」と区別がつきづらい。そのため、国際単位系(SI)では、リットルだけ例外的に大文字の「L」使用が許されているのである。そして誤読防止のため、国際的には大文字の「L」表記がよく使用されている。

この矛盾したような状況から、ウソの歴史が作られてしまった。本コラムでは、権威ある科学誌までも騙されてしまった架空の人物クロード・リットルをご紹介しよう。


オタワのホテルにて

1977年12月、二人の大学教員がカナダの首都オタワのホテルで缶詰めになっていた。二人の名前は化学教師のレグ・フリーゼンと物理教師のケン・A・ウールナー。彼らは所属するウォータールー大学3から現地高校の学力について調査訪問の最中であったのだが、激しい吹雪にあってしまったのだ。

身動きが取れない二人は、仕方なくスコッチ片手に他愛もない会話を繰り広げていた。そこでフリーゼンがウールナーに対し、当時アメリカの化学者たちが体積の単位表記「l」は数字と見間違えてわかりづらい、「L」に変更すべきだと主張しているということを紹介した。しかし、国際度量衡総会(CGPM)が定める命名規則では大文字での単位表記は人名由来のものしか認められない4

そこで彼らは考えた。いないなら、創ればいい。スコッチのボトルがほとんど空になるころ、そのアイデアの大部分は固まっていた。そして、フリーゼンが発行するCHEM 13 NEWS5にて、歴史に強いウールナー6が作成する「伝記」を掲載することが決定した。

執筆方針

ウールナーは伝記作成にあたって、冗談臭さを極力排し、リアリティのある一人の化学者の伝記に仕上げる方針とした。年代や固有名詞、周辺の史実は極力整合させたうえで、”一人だけ”架空の人物を紛れ込ませたのだ。例えば舞台となる18世紀のフランスは科学史上のホットスポットである。また、ピエール・ルイ・モーペルテュイ7の弟子、アンデルス・セルシウス8の友人といった設定で、実在の人物たちとの接続も抜かりない。

とはいえ読者が完全に信じてしまうとそれはそれで困る。そこで、図版やキャプションなどに明確なユーモアを仕込むことで、本文では気づけなくても、図版で気づけるような工夫を施した。また、読者が物語を補完し楽しめるよう、伝記の中に15年の空白を意図的に挟み込んだ。こうしてウールナーによって生み出されたクロード・エミール・ジャン=バティスト・リットル(以下、クロード・リットルと表記)の伝記が、CHEM 13 NEWSの1978年4月1日発行号9に掲載された。

次の章にて、掲載された伝記の内容をかいつまんで紹介しよう。

Claude Émile Jean‑Baptiste Litre(1716–1778)

まず、本論は「この偉大な研究者の没後200年を記念し、国際度量衡総会10は体積の国際単位(SI)に彼の名を用いることを決定した。個人名に由来する単位に大文字を用いる規定に従い、公式略号を”L”とする」という文から始まる。単位表記に「L」を使用したい、がこのジョークの第一義であるので、まずは主張をはっきりさせておこうという魂胆だろう。

続いて、クロード・リットルの生まれが紹介される。彼は1716年2月12日にフランスはメドック地方のマルゴー村に生まれた。父はワイン瓶製造業を営んでおり、代々続く稼業であったという。ワイン瓶という液体容器に関わる職人の子として生まれたクロードにとって、そのガラスの性質に関する知識がのちの体積測定の研究に大きく影響を及ぼしたと示唆しているわけだ。

師事と友情

16歳になるころには、リットルはその才能を開花させ、ピエール・ルイ・モーペルテュイに師事すべくパリへと移り住んだ。1736年、彼はモーペルテュイの助手として、スウェーデンのラップランドへの遠征11に伴った。

スウェーデンではウプサラ大学の天文学教授であったアンデルス・セルシウスが当局との連絡役を務めたという。そしてスウェーデン王国アカデミーの公式代表として遠征に同行し、リットルとセルシウスは固い友情で結ばれるようになった。セルシウスの測定の精密さに対する執着が、リットルののちのキャリアに深い影響を及ぼしたということだ。

謎の15年間

遠征の後の15年間、リットルの生涯は謎に包まれている。パリに戻ったと推測されているが、この期間の記録は極めて少ないという。未確認情報として

  • ニューフランス(現カナダ)を訪れ再測定した
  • ボルドーでガラス製造技術を磨いた

といったものがあるが、事実関係に相互矛盾やばらつきがあり、歴史家たちが頭を悩ませる課題となっている。そこで、この件に関して確かな情報を持った読者には、CHEM 13 NEWS編集部まで情報提供を求む、とある。ここで、読者にもこのジョークに乗っかる導線を引いたわけだ。

体積測定の精密化

1751年、化学者ギヨーム=フランソワ・ルエル12が公開講義にてリットルのガラス器具を紹介したことで、彼は再び歴史の舞台に現れることとなる。このことが契機となり、彼が製作した化学実験器具は爆発的に売れ、財を成したという。

そしてリットルが40歳になったころ、事業運営を他者に任せて彼は体積測定の精密化というミッションに挑むようになる。研究の成果として、

  • 内径がほとんど変わらない精密な円筒ガラス器具
  • 0.1、0.01、時に0.001単位まで刻まれた目盛り

といった器具を世界で初めて作り上げ、現在のメスシリンダーやビュレットの原型を作った人物とされている。

評価と晩年

1765年、リットルはイギリス王立協会から金メダルを授与された。また、晩年はドイツ、ヴェネツィア、ボヘミアといったガラス職人たちからの相次ぐ特許訴訟と闘いながらも、フランス国内では非常に高い評価を受けていたという。勤勉ですこぶる健康な彼だったが、1778年8月5日、その年のコレラ流行のさなかに早すぎる死を迎えた。

リットルは、標準となる液体の質量で体積を定義するという概念を提唱していた。彼の死から15年後、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ13率いる委員会が単位系を策定し、体積の定義に関してはリットルの提唱する方法が採用された。ただし、リットルは標準液体に水銀を指定していた一方、委員会が採用したのは蒸留水であった。

そして、体積の単位にはリットルが採用された。最初に提案した人物は、アントワーヌ・フルクロワ14だという。

初期の反響

以上がCHEM 13 NEWSに掲載された、クロード・リットルの伝記の大まかな内容である。当時の人物や出来事と非常に巧みに接続された、秀逸なパロディであることがわかるだろう。実際、初期反応は好意的なものだった。読者たちは、ウールナーの狙い通り”空白の15年”を補完したり、”娘の名前はMillieで、ミリリットルの語源だ”とさらにジョークをかぶせるなどして楽しんでいたようだ。

だが、この良くできたパロディはエイプリルフール発行というメタデータあってのもの。日付が経つほどこうしたデータは揮発していく。おまけに、現実の方がとんでもない”衝突事故”を起こしてきた。

混乱と収束

リットルの伝記が発表された翌1979年の国際度量衡総会で、なんと実際にリットル表記に「L」を使用することが認められてしまったのだ。

この偉大な研究者の没後200年を記念し、国際度量衡総会は体積の国際単位(SI)に彼の名を用いることを決定した。個人名に由来する単位に大文字を用いる規定に従い、公式略号を”L”とする。

という伝記の序文が、まるで”予言”のような形で実現してしまったのである。

そして、この状況を真に受けてしまったのだろう。世界的な学術機関であるIUPAC15が、雑誌「Chemistry International」に誤って事実としてリットルの伝記を掲載してしまったのだ16。しかもジョークと見抜かせるための図版は掲載されず、真面目くさって書かれた本文だけが。さすがに次号で撤回されたものの、リットルの伝記は面白すぎた。真実だと思い込む読者が激増し、ついにはカナダ放送協会の科学番組「Quirks and Quarks」で紹介され、ニューヨーク・タイムズの記者が「この欺瞞を終わらせる!」と痛烈に批判するなど、一般メディアにまで波及してしまったのである。

最終的には、この騒動は事実関係が整理され、自然消滅的に収束したようだ。ウールナーはのちに、「長年にわたって私に楽しみを大いに与えてくれたし、実害もほとんどなかった」と追想している17


以上がエイプリルフールのジョークとして作成されたものの、なぜか現実側が真実性を補強するような寄せ方をしてきた結果、デマとして騒動を巻き起こすことになってしまったクロード・リットルの物語である。いかがだっただろうか。個人的には、ウールナーが生み出した伝記はパロディとして傑作だと思った。クロード・リットルという架空の存在を実在する人物・出来事と巧みに接続させ「本当にいるんじゃないか」と思わせる内容と、一方でパロディとわかった読者が一緒に楽しむことができる工夫が非常に優秀で面白い。だからこそ、デマとして拡散されてしまったことは残念だなと思う。

さて、優れたパロディは時に真実としてみなされてしまう、ということは図らずも本サイトでも何度か取り上げてきたテーマとなっている。実際、「ジョークという文脈が揮発し」「現実の出来事が真実味を補強した」という点で、本件は「万歳三唱令」のケースと構造的に似ている。また、騒動の結果作者がうんざりする18という顛末は、「ヘンゼルとグレーテルの真相」を思い起こさせる。時代も場所も、媒体すらも異なりながら、どこか似たような事態が引き起こってしまうことは興味深い。心理学用語に「信念バイアス19」というものがある。これらの騒動は、ある種「面白い」という信念がバイアスとして強く働いたケースと言えるのかもしれない。


参考文献

  • Woolner, Ken A. ‘Claude Émile Jean-Baptiste Litre’ Chem 13 News 1978 4 pp.1–3 Reprinted in Chem 13 News, April 2009 issue. University of Waterloo.
  • W. H. Cherry ‘DATA-BASED INVESTIGATING: Accuracy of Information 1 (Figure 1.2)’ University of Waterloo 1995 Reproduces multiple articles including Chem 13 News (1978, 1988), The Globe and Mail (1995), Waterloo Gazette (1995), and Chemical & Engineering News (1980, 1995).
  • Chris Redmond ‘UW Daily Bulletin, June 3, 2008’ University of Waterloo 2008 https://bulletin.uwaterloo.ca/2008/jun/03tu.html 参照日: 2026-03-03
  • 小杉拓也 ‘単位「リットル」についてのジョークが大ごとになってしまった実話’ ダイアモンド・オンライン 2024 https://diamond.jp/articles/-/347159 参照日: 2026-03-03
  • スレンドラ・ヴァーマ ‘ゆかいな理科年表’ 筑摩書房 2008
  • Bureau International des Poids et Mesures ‘The International System of Units (SI)’ BIPM 2025 https://www.bipm.org/en/publications/si-brochure/ Version 3.02, updated 2025
  • Wikipedia ‘クロード・リットル’ 2025 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AB 参照日: 2026-03-03

注釈


  1. 1800年に世界初の電池を発明したイタリアの物理学者 

  2. 2011年の教科書改訂により変更された 

  3. オンタリオ州ウォータールー市に本部を置くカナダの州立大学 

  4. 当時はリットルに対しての例外は定められていなかった 

  5. 教育コミュニティの知識共有に大きく貢献した高校化学教師向けの教育誌 

  6. ウールナーは講義中に幅広くユーモラスな歴史知識を披露しており、それが当時学生から人気があった 

  7. 最小作用の原理を提唱し、地球が扁平な回転楕円体であることを実測で示した18世紀フランスの数学者・科学者 

  8. 摂氏温度の基礎となる100分割温度目盛りを提唱し、地球扁球説の実証にも貢献した18世紀スウェーデンの天文学者・測地学者 

  9. 言うまでもなくエイプリルフールに合わせている 

  10. SIを維持するために加盟国参加によって開催される総会議 

  11. 実際に行われた科学探検。地球が扁球であることを実測で証明するために、北極圏で子午線弧長を測った 

  12. 18世紀フランス化学者の一世代を育てた、パリ王立庭園の著名な化学教師 

  13. 解析力学を確立し、変分法・数論・天体力学などに決定的貢献を残した18〜19世紀の大数学者 

  14. 化学命名法を標準化し、メートル法の導入にも関わったフランス革命期の化学者 

  15. 化学物質の命名法や元素名、単位、記号の国際標準を策定する学術機関 

  16. IUPACは1979年9月に別雑誌で本伝記をジョークとして紹介していたので、今回もジョークのつもりだったのかもしれないが、それを支持する資料は見当たらなかった 

  17. 全然懲りていないな 

  18. ウールナーは「地獄には、失敗したユーモア作家専用の特別なコーナーがある」と追想している 

  19. もっともらしい結論が示されると、結論に至るまでの過程の論理性も、あわせて高く評価してしまうというもの

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